それは良く晴れた梅雨明けの頃の話。
その日、ナルトは最近ではめっきり請け負うことがなくなったDランク任務の帰りだった。それを受けるはずだった下忍が諸事情により急遽任務につけなくなり、偶然、明日からの休暇の申請にアカデミーに立ち寄っていたナルトが、今日は夕方まで暇だし、と引き受けたからで。
任務内容は近くの村の果樹園で桃の収穫の手伝い。
多重影分身を使って一日かかる仕事をほぼ一時間ほどで仕上げると、仕事の速さに驚きつつも感激した果樹園の主は規定の料金に大幅に上乗せをしたあげく、とれたての上等な桃を大きな袋にぎっしりつめて持たせてくれた。
左手に下げた袋はふんわりと甘い匂いを漂わせていて、それだけで気持ちが浮き立つ。
しかも、今日の夕方には我愛羅が来るのだ。
三日後からの近隣の里の代表者の会議に出席するので、それに合わせて二人で過ごす為の二日の休暇をとって。
(あいつも、桃は結構好きだし!)
驚く顔が頭に浮かんで、ナルトは思わず目を細めた。早く会いたい。
急いだところで会える時間が早まるわけではないけれど、自然と家路を辿る足は速くなる。
午後の空はきれいに晴れていて、少しだけ暑い。
ジワリとしみる蒸し暑さに、アクリル絵の具で塗りつぶしたみたいな鮮やかな青色の空を見上げながら、もう、夏も近いなと、思った。
暑いのも夏も嫌いじゃない。
どうしてか解らないけど、何となくワクワクするから。
(まあ、我愛羅は暑いの、苦手なんだけど。)
砂漠育ちの彼は、暑さそのものよりは、蒸し暑さに弱い。
夏に会うときは、人前ではおくびにも出さないけれど、二人っきりになると、暑いっ!とかブツブツいいながらクーラーのリモコンを抱えて、壁にもたれてぐったりしていたりする。エアコンも苦手だけれど、背に腹はかえられないらしい。
彼が自分だけに見せてくれる顔だ。少しかわいそうだけど、そういう顔を見つける度、ナルトは嬉しくてたまらなくなった。
「でも、ま、今日くらいなら大丈夫だな。」
明日から二日間は自分も我愛羅も完全なオフだ。よっぽどの事件が起きない限り、三ヶ月ぶりにのんびり二人ですごせる予定。
明日は暑くなる前の午前中に、弁当でも持って、どっか涼しい場所にでかけるのも良いかもしれないと、ナルトは思う。
どうせなら、人気が少ないところがいい。我愛羅もリラックス出来るような。
(どっかちょうどいいトコ、あったかな…?)
楽しい明日の事を考える時間は、最高に贅沢だ。我愛羅も一緒の休日ならなおのこと。
ああでもない、こうでもないと考えながら歩けばあっという間に、自分のアパートに着いて、足取りも軽く、ポケットの中の鍵を探しながら階段を上る。
「あ?」
上りきる直前、いつもと違う気配にふと、かおを上げナルトは、腕を組み自分の部屋の扉にもたれかかる様にして空を見上げている見慣れない人影を見つけた。
向こうもナルトに気付いたのか、一瞬の間をおいて、向けられた視線がかちり、とあう。
「あんた、誰?家になんか用?」
この暑いのに、黒い長袖のTシャツに黒の長ズボンの全身黒尽くめの男。
見覚えの無い顔だ。細身ではあるが無駄なく鍛え上げられた身体も、どこか隙の無い気配も明らかに忍のそれで、なのに何処にも所属する里を示す額あてもない。
あきらかに怪しいけれど、どうしてか嫌な気配はまるで無く、ナルトの眉が訝しげによる。一応取った数メートルの距離を置いてその男に声をかけると、彼はもたれていた扉から身体を起こして、こちらをまじまじと眺め回したのち、すうっと僅かに口の端をあげた。
その、仕草が良く知っている誰かに似ている気がして、ナルトは首をかしげた。
「お前がうずまきナルト、か?」
笑みを含んだ問いかけは、少し不遜で、どこか有無を言わせないそんな響きがある。いつもなら、反発心のひとつもわいてくるところだが、どうしてか、そんな気分にならなくて、ナルトはため息を一つついて頷いた。
「そうだけど。」
「そうか。」
一人で納得したような表情で男は小さく声を立てて笑った。
知らないのに、どこか見覚えのある仕種。
「で、あんたは誰で、何の用だってばよ。」
「…ああ、今日ここに砂の風影が来ることになっているだろう?渡したいものがある。
お前に預かってもらいたい。」
そんな言葉と共に男は、懐から布で出来た手のひらに収まるくらいの小さな袋を取り出して、ナルトに差し出した。
危険なものじゃないのは気配でわかる。敵意も殺意も、ヤバイ気配はまるで無い。けれど、どうにも不自然で、拭い去れない強い違和感が不信感を募らせてナルトは顔をしかめた。
「あんた、なんでそんなこと知ってんの?あんた、忍だろ?砂の忍だったら、砂の里であいつに直接渡せばすむことじゃん。なんで、わざわざオレのところに来てるわけ?つーか、頼みごとするなら名前くらい名乗ったってバチはあたらねえと思うんだけど。」
そう言うと男は一瞬驚いたような感じで目を丸くして、それからすぐに、ゆるく口の端を上げた。
「…事情があって名乗ることは出来ない。それに、オレは今は忍じゃないぞ。大分前に一線は引いた。そのときに里を抜けたから、砂には入れなくてな、わざわざお前を訪ねてきたわけだ。どうしても、今の風影に渡しておきたいものが見つかったんで、な。」
手の中の小さな袋に目を落として、何かを懐かしむような表情で、そっと握りこむ。
「言えないことばかりで悪いが、頼めないだろうか?」
依頼の言葉と共に、まっすぐ見つめてくる目とその表情は、どこか、強く真剣で。
ナルトは一つため息をついて口を開いた。
「…あんた、我愛羅の知り合い?」
「…ああ、まあ、な。もっとも随分長く会っていないが…」
「じゃあさ、会ってけば?」
「は?」
さらりと出された提案に、虚を突かれたように、見つめてくる男の視線を受け止めて、ナルトはあっさりと言った。
「あいつ、そろそろ着く頃だし。それ、大事なもんなんだろ?ならさ、直接渡したほうが良いってばよ。」
ごく、自然なしぐさで、男との距離をつめ、ナルトは自分の部屋のドアに鍵を差し込んだ。
小さく音を立てて扉を開く。
「いいのか?」
「ん?」
「身上も解らない人間を家にあげても。」
軽い驚きと困惑の響きを含んだ問いかけに、振り向いてナルトは男の目をまっすぐ見て言った。
「だってあんた、我愛羅にそれをさ、渡しに来ただけだろ?」
「ああ。」
「あんたの、言葉はなんか嘘っぽいけど、気持ちの根っこみたいなトコには、嘘が無い感じがするからさ。信頼しとくってば。ほら、入らねえの?茶ぐらい出すってばよ?」
開けたドアを片手で押さえながら、冗談めかしてナルトが言うと、男は、少し考えるように、口元に手を当てた後、僅かな間をおいて口を開いた。
「…わかった。それなら、甘えさせてもらおうか。」
「そうそう!こうゆう場合は甘えとくのが正解だって」
ナルトはドアを大きくあける。ほら、早く!と促されて男はやけに、真面目な表情で、玄関をくぐった。
「とりあえず、その辺に座っといてよ。」
男を部屋へと招きいれたナルトは、居間のソファーのあたりを指すと、自分は台所に立った。持ちっぱなしになっていた、袋から桃を二つばかり出してから、残りを冷蔵庫にしまう。妙なことになったと、思わないではなかったが、どうしてか、そうしなければならない気がした。シンクの上の戸棚から、自分用のと、一応客用のほとんど使ってないカップを出す。
「ん~。緑茶でいっか。」
少し考えてから、我愛羅用に買ってある煎茶の缶を出して、薬缶を火にかけた。
「…それはお前のか?」
不意に声をかけられてナルトは手に持った缶を落としそうになる。
振り向くと、男が立っていて、ナルトが開けた戸棚を見ていた。手をのばして手動のコーヒーミル示す。
「あーもう、びっくりさせるなって…ああ、それ?それは、オレのじゃなくて我愛羅の。我愛羅、コーヒー入れんのめちゃくちゃうまいんだってばよ?」
そう言って笑って見せると男は、しばらくの間、黙ってそれを見つめてから、すこしだけ優しい顔でうっすらと笑った。一瞬その表情がもうすぐここに来る彼と重なって、ナルトは目をこする。男はかまわず、棚からそれを手に取って言った。
「豆はあるのか?」
「…えっ!ああ…冷凍庫に前、我愛羅が置いてったやつが…おっさん?」
「オレが入れてやろう。これでも結構うまいんだ。」
「ええ?」
渡された袋をあけ、男は慣れた手つきで、ミルに入れると丁寧なしぐさで、豆を挽く。
「ドリッパーは冷蔵庫か?」
「…そうだけど。」
冷蔵庫からビニールに入れられたネル地のドリッパーを出して渡すと、男は軽く礼を言い、挽き終わった豆を入れて平らにならし、沸いた湯をゆっくりと注ぎいれた。
いつも、我愛羅がするのと同じ手順。ふわりと部屋に広がるコーヒーの匂い。
不思議な感じがする、妙に現実感の無い空気。
二つのマグカップに入れ終わったコーヒーを注ぎいれ、男は片方をナルトに差し出した。
「まあ、飲んでみろ。」
自信たっぷりの表情に、ナルトは少し呆れながら、渡されたマグカップに口をつけて、おもわず目を見張る。いつも、我愛羅が入れてくれるコーヒー以上に香りも味も柔らかくて飲みやすい。
「どうだ。うまいだろう?」
反射的に頷けば、男は得意げに笑って、自分もマグに口をつける。
「なあ、ひょっとして、我愛羅にコーヒーの入れ方とか教えたのっておっさんなのか?」
「ん?いや。オレが居たときはあいつはまだ小さかったからな…。カンクロウじゃないか?
あいつはオレが入れてるところを何度も見てるしな。」
「え、おっさん、兄ちゃんとも知り合いなの?」
「まあな。」
入れてもらったコーヒーを飲みながら、とりとめもなく、色んな話を聞いた。
我愛羅の小さい頃の話や、砂の里の話。
時間はあっという間に過ぎていく。
ふと、男が窓の外に目をやった。
「ああ、もう日が暮れるな。」
「ん、我愛羅の奴、なにやってんだろ?4時過ぎに着くって言ってたんだけどな。」
眉間に皺を寄せてナルトが言うのに、男は静かに言った。
「…もう、着くはずだ。」
「へ?」
男は意味深に笑う。それとほぼ同時に呼び鈴が鳴った。
「ほらな?早く出迎えてやってくれ。」
「ああ…うん。」
ぽんと、軽く背中を押されて、ナルトは急いで玄関に向かった。ああ、我愛羅の気配がする。ナルトは自然と笑顔になった。
短い廊下を抜け、扉に手をかける。
「……これからも、あいつをよろしく頼む。」
「え?」
ドアを開けた瞬間、耳元で小さくそんな声が聞こえた気がして、ナルトは思わず振り向いた。背後には誰も居ない。
「どうしたんだ?」
訝しげに我愛羅が問う。
「ん、なんか、聞こえた気がしてさあ。それより、おかえり。」
「ああ、ただいま。」
軽く笑顔を交わして、荷物を持ってやり、その細い肩を押して招き入れる。
「あのさ、お前にお客さんが来てるんだよ。なんか、昔、お前や兄ちゃんや姉ちゃんの先生かなんかしていた人らしいんだけどさ。」
「バキか?バキは今回は木の葉には来ていないはずだが…」
「いや、バキ先生ならそういうってばよ。オレは初めてあったんだけどさ。なんかお前に渡したいものがあるって。」
「……そうか。」
考え込むように我愛羅は口元に手を当て眉間に皺を寄せた。どうやら、当てはまる人物の記憶がないらしい。その様子にナルトも困惑する。
「まあ、いい。」
「そ?」
「ああ。お前がいうなら、問題ないだろう。行こう。」
「…うん。おっさん!我愛羅、着いたってばよー。あれ?」
そう、叫んで、ナルトは男を待たせている居間のドアを開けた。けれど。
そこにはもう、誰も居なくて、さっきまでコーヒーを飲んでいたカップがテーブルの上に残されているだけ。
さっきまで、確かにここに居たはずの男は、気配も無く消えてしまっていた。
「?どこに居るんだ?」
立ち尽くすナルトを、我愛羅が問うように見上げる。
「え?いや、さっきまで確かにここで…」
男が座っていたテーブルに寄ると、カップの陰に隠されるように、あの小さな袋が置き去りにされていた。
「だからさあ、本当に居たんだって!!」
座って、ナルトは言い訳のように言った。
「ちゃんと、証拠だってあるだろ。その袋」
我愛羅の前に置かれた袋を指す。我愛羅は桃の薄皮をきれいに剥いて、食べやすいように切り分けながら、ため息をついた。
「居ないんだ。」
「へ?」
言われたことの意味が解らない、という表情でナルトは我愛羅を見る。
「だから、居ないんだ。この15年ほど、砂の里から抜け忍は出ていない。それに、オレとカンクロウとテマリは、そもそもの所属が違う。同じ師匠に着いたことはない」
「…バキ先生は?」
「バキは…中忍試験というか、木の葉くずしのためのフォーマンセルの頭に任命されただけだ。あの頃の砂の里は、木の葉とはまるで違う組織図だったからな。」
「え?そうなの?」
我愛羅が言うには、あの当時、砂の里にはアカデミーのような学校は無く、4歳くらいで行われる選別試験によって、専門の組織に振り分けられるのが普通だったらしい。
カンクロウがチヨばあのいたクグツ使いの組織に振り分けられていたように。
「じゃあ、じゃあさ。あいつって何者?」
「そもそも、本当にその男はいたのか?」
真面目な顔でそう問われて、ナルトは不服そうに顔をしかめる。
「なんでそんなこと聞くんだよ?話したじゃん。」
「この家に着いたとき、お前の気配しか感じなかった。」
我愛羅の言葉に、ナルトは目を見開いた。
「え?」
「知らない気配なら気付かないはずがない。だから、おかしいと言ってるんだ。」
切り分けた桃を一かけら口に入れて、我愛羅は小さくため息をついた。
ナルトは、テーブルに乗せられた、あの男に渡された、小さな袋を手にとって、目を落とす。
「でも、居たんだよ。話したんだ。」
「…そうだな。そうかもしれない。」
「うん。」
ナルトは頷いて、差し出された桃を口にいれた。
頭をあの男の顔がよぎる。我愛羅のことを話すとき、懐かしげに、眇られた目。
ナルトは手の中のふくろを我愛羅に差し出した。
「なあ、開けてみろってばよ。なんか解るかもしれねーし。」
「……それも、そうだな。」
手に落とされたそれのしっかりと結ばれた紐を丁寧に解いて、中から出てきたのは小さな
石がいくつも埋め込まれた銀の筒。
首から下げられるように細い銀鎖に繋がれている。
「ペンダントにしちゃでかいよな。きれいだけど。」
ナルトは我愛羅の手の中のそれをみて首を傾げた。
しかし、我愛羅は驚いたように目を見張り、何やら真剣な顔でいじり始める。
「何?どうしたの?」
「いや…」
銀筒の胴の部分に規則正しく配置された石を一見でたらめにも見える複雑な手順ですばやく押していくと、カチリと音を立てて筒のサイドが開いてスイッチのようなものがあらわれた。
「何で開いたの?」
「この石を押す順番とタイミングが鍵になっている。」
ナルトの問いに答えながら我愛羅は難しい顔になった。
「どしたの?」
「この鍵は、歴代の風影と砂の長老しか知らないはずのものなんだが…お前にこれを渡したのは、若い男だったんだろう?」
「ああ。若いっても、三十すぎって感じだけどな」
「……そうか。」
それだけ言って、再び黙り込む。深刻そうに眉を寄せる我愛羅を、しばらく見つめて、執り成すように軽くナルトは口を開いた。
「でもさ、それがあのおっさん本人のものとは限らないだろ?昔のその鍵の事をしってる誰かの物をさ、届けるに来ただけかもしれねえじゃん。」
「それはそうだが…」
「ならさ、それの中身が何なのか確かめる方が先だろ。ほら、かしてみろってばよ。」
「あ!こら!馬鹿!」
ナルトは、ひょいと我愛羅の手からそれを取り上げると間髪いれずスイッチを入れた。
すると、小さく音を立てて開いた底が強い光りを放った。
「え?何!?」
「…幻燈機か。」
驚いて、銀筒を落としそうになったナルトから、それを取り返して我愛羅は興味深げに目を落とした。
「げんとうき?」
「幻燈機、だ。この光で中に入っている写真を壁に映すんだが…。」
ナルトの問いに答えながら、我愛羅がスイッチを動かすと、散っていた光りが一つに集束して、白い壁にぼんやりと像を結んだ。
「見づらいってばよ?」
部屋の明るさにはっきりしない映像にナルトがぼやく。
「部屋を暗くすればちゃんと見えるはずだ。」
我愛羅に言われたようにナルトはぱちんと部屋の明かりを消した。
壁に映し出されていたのは一人の女性。美人というよりはかわいらしい印象の女の人が優しい顔で笑っている。
「すごいな、これ。」
そう、感心しながら隣を見ると、我愛羅は凍り付いたような表情で、映し出された写真を見つめていた。
「我愛羅?」
「………母だ。」
呼びかけた声に、我愛羅は押し殺したような声をもらした。
「かあちゃん?お前の?」
問いかけには答えず、我愛羅はほぼ無意識に銀筒のスイッチを動かした。
カチカチと音がする度、壁に映る映像が切り替わる。ほとんどが同じ女の写真だった。古いものから順に並んでいるらしく、途中からは赤ん坊や、どこか見覚えのある子供の姿が加わっていく。
何枚目かの写真を見て、ナルトは声をあげた。
「あ、ちょっともどして!!」
ナルトに言われて、写真を数枚もどす。
「あ、これ。こいつだってばよ。これ、持ってきたの。」
「………」
妊娠しているらしいさっきの女と、彼女にまとわりついた二人の子供。それから、その様子を笑顔で見つめている男の姿。ナルトが示したのはその男だった。
「…ありえない…。」
衝撃に小さく掠れた声がこぼれる。そこに映っている男は、今はもういない良く知っている男。けれふどその表情は知っているものとはまるで違っていた。見たことのないやさしい笑顔。時間の止まった写真の中に。
「どうしたんだ?」
「いや…。」
呆然と立ち尽くす我愛羅にナルトは、声をかけた。はじかれたように我愛羅が顔を上げる。
しばらく答えを迷っていると、ナルトはもう一度銀筒を手にとって、スイッチを動かした。
その写真の後には、数枚の写真しかなかった。
一枚は少しくらい表情の、男と何かを悟りきったような表情の女。
一枚は気の強そうな幼い少女と口をへの字に曲げた少年の姿。もう、誰なのかはすぐに解る。
それから、何処か張り詰めたような気配のする四人の写真。
「この子たちって、兄ちゃん達に似てる、よな。」
「…ほんにん、だから。」
「え?」
「それは、テマリとカンクロウ、だ。その男は、父、だ。」
「父って、お前の父ちゃんって死んでるじゃん!!」
「それでも、間違いない…。なんで…。」
死んだはずの彼から届けられた、写真。家族の写真。その意味は解らなかったけれど。
俯いた我愛羅の肩をナルトは支えるように触れた。
ふと、気付く。スイッチのすぐ下に、もう一つボタンが現れていることに。
そっと、そのボタンを押す。カチンと音がして、二枚の写真が現れた。
「なあ、あれって、お前?」
一枚は複雑な顔をした男が一人で赤毛の赤ん坊を抱いている写真。何か強い決意を固めたような目で、腕の中の赤ん坊を見つめている。
最後の一枚は小さな我愛羅だ。真新しいクマのぬいぐるみを抱えて、小さくまるまって眠り込んでいる姿。
「…お前のちっちゃい頃の写真ってはじめてみた。かわいいな。って、があら?」
ふと見た隣の彼は俯いたまま小さく震えていて。その頬を伝っては落ちる雫に、ナルトは気付かない振りをした。
見ないように抱き寄せる。
「よかったな。」
なにが、良かったのかはわからないけど、それ以外に言葉は見つからなくて、それでも、腕の中の彼は何度も頷いていたから。それでいいんだと思った。
死んだ男からの贈り物。ちょっとした怪談。
それは、不器用だった彼が伝え損ねた、彼の思いだ。
最後の彼の言葉を思い出す。
(これからもあいつをよろしくたのむ。)
(わかってるって。まかしとけってばよ。)
胸の中でそう返して、ナルトは腕に力をこめた。
Fin