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2024/04/25 07:31 |
リトル・グッバイ
リトル・グッバイ
 
 
青かった空がうっすらと黄色味をおびて、少しずつ紅が濃くなって鮮やかなオレンジに染め上げられていく。
ああ、もう時間が来る。さようならの時間。二人での時間がもうすぐ終わる。
今日のさよならは終わりなんかじゃなくて、ちゃんと次があるってことはわかってるけど。それでも、次は決して明日じゃないから。遠くは無いけど近くも無い。
いつも、さよならが近づくたび、俺の口数は多くなり、お前の口数は少なくなる。
話すことがあるかぎり、さよならが遠のく気がして、オレは馬鹿なことばかりをしゃべり続けてる。
本当にどうでも良いような。それでも、話すことがあるだけ安心するんだ。
お前は俺の話にあいづちなんか打ちながら、俺の話につられたように、時々ふっと笑って。そのあと少しだけうつむいた。
横目でこっそりのぞき見たお前の色の薄い目の中にひっそりと寂しさが浮かぶことに、嫌だけど嬉しさがこみあげて。
繋いだ手の力が強くなるのは別れたくないからだ。
離れたって一人じゃないってことを確認したいからだ。
お前もそう思ってるって確かめたいからだ。
薄い手の平の感触が切なくて愛おしい。
本当はずっと一緒にいたいんだ。毎日毎晩お前の顔を見て、笑って、泣いて、怒って、色んな感情をないまぜにして、お前の全部抱え込んで生きていたいんだ。
わかってる。そんなの無理だってこと。だから、オレは口には絶対しねえの。
代わりにオレはくだらない楽しいことだけ話してる。お前が笑ってくれるように。
叫びだしたくなる気持ちを押し殺して。そうして、オレが笑ってたら、お前はちょっとほっとするだろう?だから、何度だって笑えるんだ。
なあ、オレ達は出会ってから数え切れないほど、さよならをしてきて。
何度も何度も繰り返すたんび、俺の中でお前への感情が大きく波打つようになってく。
一緒にいたいって願望がどんどん大きくなってく。
どうしても口に出せない願いは俺を内側で膨れ上がって、今にも破裂しそうな圧迫感が、少し苦しい。
でも、お前に悲しい顔、させたくないんだ。苦しい顔、させたくないんだ。
そんな顔見たくないから、言わないでオレは笑う。
いつか、願望がオレを突き破って、叫びだしてしまうことに少しおびえながら。
だいじょうぶ。まだだいじょうぶだよ。
ちゃんと我慢できるから。
オレはちゃんと上手く笑えているはず。
それなのに、水でも入ったみたいに鼻の奥がツンと痛んだ。
歯を食いしばっても止まらない切迫感を、ごまかすようにオレは、両手を伸ばしてお前のやせっぽちな身体をふざけた振りでぎゅっと抱きしめる。
触ってる場所からもうすっかり馴染んだお前の体温が服ごしに伝わってきて、目を閉じて、その薄い肩に耳をつけるみたいにしたら、コトコトと小さくお前の心音が聞こえた。
じっとその音を聞いていると、少しだけ不安が和らぐ気がして、オレは縋る手を強くする。
人並みの中で親とはぐれてしまいそうな子供のように。自分が独りきりじゃないこと確かめたくて必死で。
もうすぐ離れる温度、匂い、声、感触。
俺の中でただ一つだけたぶん、確かな存在。お前は、まるでそんなこと思ってもいないだろうけど。でも、お前と居るときだけ、今は本当に一人じゃないんだって信じられるんだ。
だから、だから………。
「どうしたんだ?」
穏やかな声と一緒に繋いでいないほうのお前の手が背中に回って、そっと、オレの肩甲骨の辺りを撫でた。
その声と感触があんまり優しくて、何かがこぼれだしそうになる。
あと少しでまた、離れてく、けど。
少しだけひきつった顔を見られたくなくて、背中を丸めて我愛羅の肩に顔をうめた。
だいじょうぶ。これはほんとうのさよならなんかじゃないし。
オレはもう、ひとりなんかじゃないんだから。
だから、へいきなんだ。
「なんでもないってば。ちょっと甘えたくなっただけー…」
おどけてみせた声は、ちゃんと笑えてて。そのことにほっとした。
それでも同時に、きっとオレが考えていることなんて、お前には解ってしまっているのかもしれないなって思った。だって、何も言わないでこんな風に抱きしめられていてくれるから。
目線だけそっと上げて、我愛羅の肩越しに見た空は、燃えるように、燃えるように赤くて。あんまりにもその色が鮮やかで、痛むように記憶に焼きつく感じがした。
後は暗く燃えつきえる寸前の鮮やかな赤。
空の色はオレの抵抗なんてものともしないまま、着実に時間を刻んで。
その色に、封じられたみたいに、オレは次の言葉を見失う。
言葉が止まるのは、別れの合図、だ。
離れがたい腕を必死に引き剥がすようにして、勢いをつけて僅かに距離をとった。
くっついていた身体の間に入り込んだ空気がひやりと冷たい。
俯いた顔を上げて、頭の後ろで両手を組んで、オレは精一杯の笑顔を作った。
「ゴメン!!そろそろ時間だよな!!他の奴らはもう正門のトコで待ってるんだろ?」
急がなきゃな!って、わざとらしいくらいに明るく言って、我愛羅の顔を見ると、我愛羅は何も言わずにじっとオレの顔を見つめて、何かをためらうような、迷うような表情をした。それから。
「っちょ……我愛羅!?」
のばされた細っこい両腕に引き戻されて、驚いてじたばたとしながら、思わず声を漏らすと、その腕にぎゅっと力が入って、ぽつん、とお前の声がふってきた。
「笑わなくていい。」
「…え?」
「無理して…笑わなくても、いいんだ。」
静かな声だった。胸の中に落ちてきて、じわじわと広がる。
ふいに与えられたオレの全部を赦す声。
お前の声がやさしくて、痛くて。触る手があんまり心地よくて、そんなことねえよってって笑えたらいいのに、もう、どうにも出来なくてオレの表情が抜け落ちる。
なあ、それでいいの?
オレが笑えなくても、お前はオレをおいて行ったりしねえの?
それでも、お前をしんどくさせねえでいられるの?
なあ、お前のやさしさに寄りかかってもいいのか?
それでも、そばにいてくれる?
言葉が、胸に、詰まる。
さよならしたくないんだ。ずっと不安が止まらないんだ。
何処にも行かないで、オレのそばにいてほしい。
ずっと抱えている願い。堰を切ったようにあふれ出す感情が、それでも最後の理性を持ってのどを塞ぐ。
だって、それは、オレもお前もいえない願い。
だから代わりみたいに涙がぼたぼたとこぼれた。
「また、あえるよな…絶対、あえるよな?」
「あたりまえだ」
縋るみたいに我愛羅の服の背中を握り締めながら、せめて約束が欲しくて、聞き分けのない子供みたく確実性のない問いを繰り返すオレに我愛羅はオレの背中を、抱き返して、ただ、オレの欲しい言葉だけくれた。
「次は、お前がオレの所にくるんだろう?」
本当に当たり前みたいに、お前の声が、昔は決して言葉にしなかった未来を紡ぐ。
ハナをすすりながら頷けば、少しだけ笑う気配がした。
「ちゃんと待っている。」
ちゃんと、また会える。囁くように、オレに、自分に言い聞かせるような響きを持ってそう、我愛羅は言った。肩越しに顔をあげる気配がして、我愛羅も同じ赤く染まった空を見上げたことがわかった。
赤を通り越して青みが入り、紫から群青に、そして、深い藍色の夜が来る。その前に。
今日の小さなさよならを。
これが本当のさよならにならないことを信じながら、祈りながら。
「うん…」
さよならはいつも壊れそうなほどきついけれど。
ちゃんと、また、会える、から。そのはず、だから。
不確定の未来に縋るようにしながら、オレ達は小さな別れを繰り返す。
同じものみたいに思える手を離して。いつも、不安は抱えたままでも。
さよならのかわりに、じゃあ、またなって、手を振って。
何度でも遠くになってく背中を見送るから。
重ねる小さなさよならの向こうに、いつか本当のさよならがやってくるんだろう。
必ずいつか、きっと、気付かないうちに忍び寄る。
始まったら、必ず終わりがあるってこと。
オレ達はよく解ってる。
永遠なんて、何処にも無いから。
解っているけど、いつかやってくる本当のさよならがずっとずっと遠い場所にあってほしくて。それまで、一秒でも長くお前の側にいられるようにって思った。
 
でも、さ。それでも頭のどこかで願うことがやめられないんだ。
ずっと一緒にいたい。
朝も昼も夜も。
もうさよならしなくていい場所で、ずっとふたりで生きてみたい。
いつか、願いが叶うなら。
 
 
                            Fin
 
 

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2015/11/18 21:24 | Comments(0) | お話
風呂上がり
「髪乾かしてやるよ」
そう言って、手にしたドライヤーを軽く上げて笑ってみせると、我愛羅は、面倒そうな顔をして、それでも特に抵抗することもなく、ソファに座った俺の所まで寄ってきて、両膝の間にぽすりと座った。
「すぐに乾く」
「俺がやりたいの」
見上げてくる顔の不服げに尖った唇に、逆さにちゅーして、ぽたぽた雫を垂らす髪を、横にあった洗濯物の山から選り出したタオルで丁寧に拭いてやってから、ドライヤーのスイッチを入れた。柔らかい風を当てながら湿った猫毛を掻き回すと、さっきまで嫌そうだったくせに気持ちよさそうに目を閉じて、足にもたれかかってくるのが甘ったれの猫みたいでかわいい。
そんなこと言ったら二度とさせてくれなくなりそうだから絶対言わねえけど。
丁寧にしても、割とすぐに乾いちゃうふわっと柔らかい手触りの髪をはい終わり、ってくしゃってなでて、ドライヤーの電源をパチンって切った。
名残惜しげに見上げてくる目にちょっとわらう。
「な、きもちよかった?」
「……ああ」
決まり悪そうな顔で目をそらして、でもちゃんと返事してくれるのが嬉しくて、つい笑崩れてしまう。
「またしてやるってば」
顔を覗き込むように、甘い気持ちがだだ漏れた声で告げると、考える様な少しの間の後、するりと我愛羅の左手が、羽織ってたパーカーのえりを掴んで、何?って聞く間もなく引き寄せられた。
返事の代わりの様にぺろりと唇に触れた薄い舌の感触にぎゅっとなる。
「おまえ、ほんと、猫みたい。」
なんとなく負け惜しみみたく呟きながら、するっと耳元から顎先まで撫でると、我愛羅はふ、と表情を緩めて、俺の手から逃げるように立ち上がった。
涼しい無表情に見えるけど、目がちょっと笑ってる。
コイツのこういう顔、ほんと、キレーだなーってつい、見とれてたら伸びてきた白い手にくしゃりと髪をなでられた。
その手が優しくて、どうしようもなくすきだなーって胸の底がじわっとあったかくなる。
たったこれだけのことなのにな。本当に不思議。
それが好きってことなんだって言っちゃったらそれまでなんだけど。
余計なとこまで熱くなっちゃいそう、なんて。
「お前も早く入ってこい」
思いついたように我愛羅がそう言って、撫でた手で、促すように俺の頭を軽く小突く。
さらりといい捨てた言葉に含まれた意味はちょっと我愛羅らしくないくらい明白だ。
際限なく湧いてくる愛しさと欲を、伏せた顔の陰で、ひっそりとした笑みの形で軽く逃がした。せっかくお互い上がってるのに、がっついちゃうのはもったいない。
「んー、わかったってば。すぐ出るから待っててな。」
風呂場に向かおうと立ち上がりながら、言外にいろいろ含ませたニヤニヤ笑いをつくって、顔をのぞき込むと、我愛羅は、大きな目を一度瞬かせて、それから鼻先が触れるような距離で、ふわりと笑った。その顔があんまり綺麗で思わず息を呑む。
「部屋で待ってる」
囁くような吐息混じりの声でそう言って、オレの肩をトン、と押して寝室に入っていった。後にはリビングに取り残されたオレ一人。
「あーもう…、やっばい……」
好きで好きで大好きで、きっかけなんかもうずいぶん遠くに行っちゃったけど、見るたび、話すたび、触れるたんびに落ちてくみたいに好きになる。全部自分のもんにしたくなっちゃう。
じゃれあいみたいな駆け引きで、それが一方的な気持ちじゃないって、直接的な言葉じゃなくても、あいつが形にして伝えてくれるようになったってこと。
「……ッし!さっさと入っちまお。」
部屋で、どんな顔して待ってんだか。たぶん、平然とした顔で持ってきた書類の類か小難しい本でもめくってるんだろうけど,
そういうあたりまえみたいな空気がオレが一番ほしかったものだったって、あいつは気づいているのかな。
廻った思考に目を細めて、ふっと吐いた息に幸せな笑みがにじむのを感じながら、オレは浴室のドアを開けた。
                            fin

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2015/11/04 19:16 | Comments(0) | お話
10月9日の夜に
そもそものことの始まりは、思い返してみれば、八月の暑いさなかの夜のことだった。
仕事を終えて、珍しく午前0時を回らずに本宅へ帰宅した我愛羅は、のぞいた居間で妙な光景を目にすることとなった。
明るい部屋の大きなちゃぶ台の前で、真剣な顔でせっせと二本の棒を動かしているテマリとその様子をコーヒーをすすりながら眺めているカンクロウ。
台の上には大きめのかごが乗っていて、この暑いのに山のように毛糸球が積んである。
妙な緊張感をはらんだ(主にテマリが発している)空気に声をかけそびれ、我愛羅はしばし扉の前で立ち尽くすこととなった。
「そこ二目飛んでんじゃん。」
「え!?あ…ああ~……ありえない…もう!!」
「だから、初めはマフラーくらいにしとけって言ったじゃん…。」
「うるさい!!やるっていったら、あたしはやるんだ!!」
「はいはい…ん?おかえり。早かったじゃん。我愛羅。」
「…ああ。何をしてるんだ?」
部屋の入り口で棒立ちになっている我愛羅に気付いて、カンクロウが軽く手をあげる。
かけられた声に気を取り直したように軽く頭をふって、我愛羅は上着を脱ぎながら部屋に入り、必死な様子のテマリにちらりと視線をやってから問うようにカンクロウに目を向けた。
なにしろ、任務中にも見たことのないほどの集中ぶりだ。我愛羅が帰ってきたことにすらまるで気付いていない。
カンクロウは音を立てないように立ち上がり、我愛羅の側まできてから、耳元に顔を寄せ小声で耳打ちした。
「テマリは奈良に誕生日プレゼントの手編みのセーターを作成中じゃん。気をつけろよ。
かなり殺気立ってんじゃん…。」
「手編み?」
「そ。愛のぎっしり詰まったプレゼントを贈りたいんだと。で、オレがセンセイを買って出てやったってわけ。」
「!?カンクロウ!!!聞こえてるよ!!そんなんじゃないんだからね!!最近あっち行くたびに世話になってるから!!その礼なんだよ!!!-!!あーもう!!また!!!!!!」
「だったら、別に手編みの必要ないじゃん…。なあ?」
まったく余裕の無いテマリに聞こえない程度の小さな声で、カンクロウは我愛羅に囁いた。
「…そういうものか?」
「そういうもんじゃん。」
首をかしげた我愛羅に、したり顔でうなずいてから、カンクロウはやけに楽しそうに笑った。
「手作りのものには愛がこもるんじゃん。」
 

それから約2ヶ月後。我愛羅は執務室の机の前にいた。
明日から3日間の休暇のために詰めた仕事はとっくに片付けて、本当なら夕方には帰宅できるはずだったのだ。
しかし、日付はすでに10月10日にかわろうとしている。
仕事はどうにか終えた、が。
そっと、引き出しを開ければ入っているのはいるのは二つの繭と小さな手紙だ。
誕生日に合わせて休みを取れたというナルトからの知らせ。一番新しいものには10日の朝方にはこっちにつくとうれしそうな字で書いてある。
いつもなら、じわりと胸が温かくなるのに、今感じるのはあせりばかりだ。
我愛羅は深くため息をついた。
五日前、大きな砂嵐が来た。
小さなものならともかく、大きな嵐が来れば、砂漠に囲まれたこの里はほぼ孤立してしまう。嵐の間、砂漠を進むのは自殺行為に等しいから、一部の手練れの忍を除けば完全に足止めされてしまうからだ。
もともと、彼の誕生日に合わせて休みを取るためにここ一ヶ月は、かなりギリギリのスケジュールを組んでいたのが仇となった。
一週間前から視察に来ていた風の国の役人が足止めされて、昨日までしっかりと交渉に接待にとつき合わされた。その隙間をぬってどうにか一般業務をこなしてはいたものの、彼らが帰った後には、砂嵐のせいで、里の外に足止めを食っていた忍から提出された山のような報告書を処理し、さらに、止まっていた任務の振り分けと調整に忙殺され…。
瞬きをする暇もないようなほどの忙しさにかまけているうち、ふと気付けばすでに、すっかり夜だった。
それどころか、さっき秘書官に言われるまで、休暇のことなど、すっかり頭の中からすっぽぬけていたありさまだ。
とりあえず、仕事だけはなんとか期日内に終わらせたが…。
(プレゼント…。)
今年はセーターをプレゼントする予定だったのだ。
成長期で急に身長が伸びたナルトは、最近、中々ちょうどいいサイズの服が見つからないとぼやいていたから。これから、寒くなる季節だから何枚あっても困ることは無いだろうしと、周りの人間にも色々聞いて、この間の視察中にほぼ、どれを買うかも決めてあったのだが…。
我愛羅はさすがに頭を抱えた。こんなことなら、もっと早くに用意しておくべきだった…。
思ってももう遅い。後悔は先に立たず役立たず。
明日の朝には、ナルトは到着してしまう。
店はもうどこも開いてはいない。
「…………」
組んだ指に頭を預けて、我愛羅はじっと黙り込んだ。この危機的状況を打開するための策は…。仕事に疲れきった頭をさらにフル回転させる。
(店はあいていない…、プレゼントはセーター…、あと10時間後にはナルトが着く…、それまでに用意するには………くそっ…)
その時、ふと二ヶ月前の出来事が浮かんで、我愛羅は、はっと顔を上げた。
「カンクロウ!!」
突然閃いた解決策。バッと立ち上がって我愛羅は目にも留まらぬ速さで、身支度を整えると我愛羅は執務室を飛び出した。
 
 
「あ、おかえり。おそかったじゃん。…ってどうしたんだよ?」
一足先に帰宅して、テレビを見ながら食後の番茶をすすっていたカンクロウは、息せき切って居間に飛び込んできた弟に目を丸くした。
「…カンクロウ、頼みがある。」
「とりあえず、すわるじゃん。お前も飲む?」
横においてあった湯飲みに、ちょうどよく冷めた番茶をそそいでやり差し出すと、向かい側座った我愛羅は目だけで軽く礼を言ってそれをあおり、軽く息を着く。
それを見届けてから、カンクロウはテレビを消してあらためて声をかけた。
「で、どうしたんだよ。お前がお願いだなんてすっごいめずらしいじゃん?」
冗談めかしてカンクロウがそう言うと、我愛羅は真剣な顔で見返してきた。
少しの間、どういうべきなのか迷うように口ごもったあと、思い切ったように彼は口を開いた。
「オレに編み物を教えてくれ。」
「はあ?」
どうにも間抜けな返答になってしまったのは仕方ない、とカンクロウは思った。
それをどう取ったのか、我愛羅は生真面目な顔のまま続けた。
「明日の朝までに、セーターを一枚仕上げたい。無理を言っているのは解っているがなんとかならないだろうか?」
「あ、ああ…。ちょっとまて、セーター?しかも朝まで?なんで…ああ、あいつにか…。」
「無理、だろうか?」
困り果てたようにこっちを伺ってくる弟に、カンクロウは遠い目になった。
この間の砂嵐のせいで、さっきまで我愛羅は仕事に追われていたはずだ。そうでなくても
明日からの休暇を取るために、この二ヶ月ほど丸一日の休みはほとんどとっていなかったはずだった。そうとう疲れているはずなのに、編み物。しかも初心者。しかも朝までに。
はっきりいってむちゃくちゃだ。でも。
いつもはひどく大人びて見える我愛羅が、今は歳相応の必死な顔をしている。
木の葉の里のアイツのために。
おまけにうっすらと耳が紅く染まっているのまで見つけてしまい、はあ、とカンクロウは大きくため息をついた。
(断れねえじゃん…)
今夜は付き合う覚悟を決めて、カンクロウは力強くうなずいた。茶目っ気たっぷりの笑顔を添えて。
「解った。兄ちゃんが協力してやるじゃん。」
「すまない…」
「まかせとけって。」
申し訳なさそうなのと同時に、ほっとした顔で僅かに笑みを見せた我愛羅に、妙に嬉しくなりながら、カンクロウは立ち上がった。
「そうと決まれば、材料がいるな…。ちょっと待っとくじゃん。」
ごそごそと隣の部屋の箪笥の引き出しから一式引っ張り出してくると、ちゃぶ台の上にどさりと置く。色とりどりの毛糸と、編み棒、鈎針。
毛糸は前回テマリが死ぬほど買ってきたものの残りだ。
我愛羅は物珍しげに毛糸だまを一つ手に取った。
「とりあえず、セーターになりそうなくらい残ってるヤツはこんなとこじゃん。で、どんなのにすんの?時間ねえから太目の糸ほうが早く編みあがるし初心者向きじゃん」
「…ああ。」
途方にくれたように毛糸玉の山を見つめる我愛羅に、カンクロウはその中から太目の、ついでにあの彼に似合いそうな色をざっとより分けてやった。
我愛羅は、困惑した顔のまま、迷うように暫くそれらを見回した後、その中から深い緑と灰色がかった茶色をより合わせたような糸を手に取った。
この中では間違いなくアイツに一番似合いそうな色だわな、と関心ながらカンクロウは苦笑をかみ殺した。アイツ絡みのときには本当にこの弟は歳相応にかわいい。いつもの冷徹な為政者ぶりが嘘のように。
アイツに出会って、アイツのようでありたいと、我愛羅は変わった。
色々あったが風影になって、努力の末少しずつ里の人間にも認められて、それでも我愛羅はいつも一人きりだった。完全であろうとして、甘えることもなくわがままも言わない。
やりすぎなほど、自分を捨てて仕事に没頭していたのを自分は知っている。
けれど、あの事件の後から、また少しずつ我愛羅は変わっていった。
一回死んで、守鶴を失った後、それまでの硬さが少しずつ和らいでいくのに気がついた。
時々アイツが砂にやってくるようになってから。
我愛羅は甘えないのでもわがままを言わないのでもなくて、その方法をしらなかっただけなのだと気づかされた。
完全であろうとしているのは、それしか自分が他人に必要とされる術がないと刷り込みのように思っているからなのだということにも。
アイツは言う。お前は何したいの?
もう少し力抜いたほうがいいてばよ。
みんなお前のことちゃんと思ってるよ。
俺はさ、お前にもうすこし頼られたいし。
お前といるとほっとするってば。
言葉で、態度で、あの笑い顔で、我愛羅の硬い透明な殻に覆われた心を柔らかく解いていく。結局、それが出来たのはアイツだけで、少し悔しいが、それで得られたものはあまりにも大きくて、カンクロウはしかたないか、と思うことにしている。
あいつのおかげで、ようやく時々顔を出すようになった、我愛羅の育ちきれない子供の部分。そういう部分をせめて、それを知っている自分くらいは守ってやりたいとカンクロウは思う。
どうしたって、この里の中で我愛羅は常に完璧であることを要求され続けるのだから。
その協力の内容が編み物、というのはちょっと笑えるのだが、それもまたらしくていいかとカンクロウは小さく笑った。
「ああ、いいじゃん。太さも丁度いいしそれにしろよ。さ、やるじゃん。ほら、お前はそっち座れ。で、とりあえずこれを読んどくじゃん。」
「なんだそれは。」
一緒に持ってきた薄い本を差し出すと、受け取った我愛羅は小さく首をかしげる。
「誰でも簡単!やさしい編み物教室初級編じゃん。」
テマリが奈良シカマルに手編みのセーターを編むと言い出したときに買ってきた本だ。
編み物の基本が写真入でわかりやすいので、カンクロウが薦めたものだった。
「それを読んでとりあえず流れだけでも頭に入れとくじゃん。解んねえとこは俺がおしえるからさ。そうだな、このへんちゃんと読んどけば何とかなると思うから。俺はコーヒーでもいれてくるじゃん。」
わかった、と返事もそこそこに我愛羅が本に集中し始めたのを見届けて、カンクロウは二人分のコーヒーを入れるためにゆっくりと立ち上がった。
 
二つのマグカップを手に戻ってくると、我愛羅は開いた本をテーブルに置いたまま、鎖編みを始めていた。
「ほら。」
「ああ、すまない。」
本の脇に我愛羅の分の暖かい湯気を立てるカップを置いてやると、本から目を上げないまま我愛羅が小さく礼を言った。
「ん。で、どうよ。出来そうか?」
「ああ。」
自分の席に座りながら、カンクロウが問うと、あっさりとした返事が返ってきた。
まあ、大体予想道理だ。
我愛羅は器用に鈎針を操って、鎖編みを作っている。初めてとは思えない程度にきれいな編み目だった。我愛羅はわりと器用なほうだし、集中力も半端じゃないから始めでつっかからなければ何とかなるだろうと思う。
「わかんなくなったらすぐ言うじゃん。」
「わかった。」
黙々と我愛羅が編み針を操るのを眺めながら、カンクロウは入れたてのコーヒーを一口すすった。まあ、夜は長い。じっくりつきあうか、とカンクロウも久しぶりに編み針を手に取った。
「ここはどう始末するんだ?」
「…ああ、ここは…」
「あ、身頃編むときは、後ろ身頃からな。」
「わかった。」
「お前、けっこう速いから、前身ごろに二本くらい縄編みいれとくか。」
「ああ…」
時々注意や、コツなどを教えられながら、練習を終え、いよいよセーター本体に取り掛かった我愛羅は、集中力のままに初めてとは到底思えないスピードで後ろ身頃にとっかかった。脇目も振らず一心不乱に編んでいく。
カンクロウも負けない速さで異様に複雑な模様のマフラーを編みながら、ときどき、歪みや目の数などを指示を出す。
刻々と時間が過ぎ、後ろ身ごろが、前身ごろが、片袖が、と次々パーツが仕上がって、その頃には我愛羅の手は玄人はだしどころか常軌を逸したスピードになっていた。
不意に手は止めないままで、我愛羅が口を開いた。
「カンクロウはどうして編み物を覚えたんだ?」
「へ?ああ、修行の一環だったんじゃん。チヨバアのとこに弟子入りしてすぐ。手先の器用さを鍛えるためってさ。傀儡使いはみんな通る道じゃん。」
我愛羅が話を振ってきたのが嬉しくて、軽く笑ってそう答えると、我愛羅は興味深げに頷いた。
「そんな修行があるのか…。」
「お前もさ、なんでセーター自分で作ろうと思ったんだよ?明日、一緒に買いに行けばすむことじゃん?」
カンクロウも気になっていたことを聞くと、我愛羅は、はっとしたように手をとめた。
「思いつかなかった。」
「まじで。」
呆然としたように漏らされた言葉に苦笑する。らしいといえばあまりにも我愛羅らしい。
たぶん、プレゼントが買えない→手に入れるには作るしかないという、ある意味短絡思考回路が出来てしまったのだろう。昨日の段階で我愛羅はかなりの疲労状態だったはずだから、思考がそこまで追いつかなかったに違いなかった。
「でもさ、手作りのがいいって。絶対、買ったやつなんかよりアイツも喜ぶじゃん。」
なにしろ、手作りのものには愛がこもるから。
いつか、幼い頃、誰かが言った言葉が頭をよぎった。誰の言葉だっけ、とカンクロウは途切れたみたいに思い出せない記憶を辿る。
そんなカンクロウを知ってか知らずか、我愛羅はぽつんとつぶやいた。
「8月の時…」
「え?」
「8月の時、お前が言った言葉が頭をよぎった。セーターをどうやって手に入れるか考えたときに。」
ドキリとした。そうだ、この言葉は…思い出した。じわり、と胸が暖かくなる。
カンクロウは我愛羅の髪にそっと手を伸ばしてくしゃり、とその柔らかい髪をなでた。
「そっか。」
「そうだ。」
生真面目に返された返事に小さく笑う。
むかし、妊娠中の母が、くまのぬいぐるみを作りながら、自分に言った言葉。
そんなの買えばいいのに、といった自分に、母はやさしく笑って幼い自分の髪をなでながら特別な秘密を教えるように言ったのだ。
―手作りのものには愛がこもるのよ。あげた人を守ってくれるの。―
大切な思い出の言葉は、ちゃんと自分の中で生きているらしい。
いつか、このことを話したいなと思った。もう少し、たったら。
カンクロウはわざとらしく大きな仕種で我愛羅の髪から手を放すと言った。
「じゃ、早く仕上げなきゃな。もうあんま時間ねえじゃん。」
「わかっている。」
また、手元に集中を始めた我愛羅を、カンクロウはテーブルにひじをついて見つめた。
この時間がやけにいとおしく感じた。
 
 
白々と夜が明け始めるころ、パーツはほぼ全部完成していた。
見守るカンクロウをよそに、スピードは衰えることをしらず、我愛羅は黙々と仕上げをしていく。
肩をはぎ、襟を編み、脇を綴じて、袖をつける。
最後の糸を切り、手元から顔を上げた我愛羅は、目の前に座っているカンクロウに、目線で確認を求めた。
カンクロウはざっと視線を走らせてから、ニコリと笑って頷いた。
「それで完成じゃん。」
ほっとしたように我愛羅が大きく息を吐くのとほぼ同時に、ピンポーンとチャイムがなった。
「お、到着じゃん。ほら、いってやれよ。」
ぱっと、玄関に目線をやった我愛羅にカンクロウが言う。
「ああ。」
視線を合わせないまま、我愛羅は出来上がったばかりのセーターを片手に立ち上がった。
そのままゆっくりとカンクロウの横をすりぬける。
「付き合ってくれて、ありがとう…」
すれ違いざまに聞こえないほど小さな声で、それでも確かに我愛羅が言った。
驚きすぎて、目をまるくしながらカンクロウは通り過ぎた背中をみた。
赤い髪の隙間から見えている耳がうっすらと赤くなっていた。
「………やばい、すごいうれしいじゃん。」
ぽりぽりと鼻の脇をかいてから小さくガッツポーズを決めて、腹のそこから沸いてくる笑いをこらえた。だって、どうしようもなく嬉しかったのだ。
玄関先から、アイツの歓声が聞こえてくる。
愛がぎっしりこもったセーターはきっと我愛羅をしあわせにするに違いない。
母が願ったとおりに。
やれやれ、と肩をすくめて、カンクロウは三人分のコーヒーを入れようと立ち上がった。
ちゃんと空気を読むあいつのことだから、今日はたぶん我愛羅の部屋でのんびり過ごすのだろう。居間に向かってくる足音がしている。
(お兄ちゃんは邪魔しないでおいてやるじゃん。)
おおきく伸びをして、すっかり凝ってしまった首をならす。
「さって、寝るか。」
独り言と一緒に、二人分のコーヒーをテーブルに置いて、カンクロウは自分の分を片手にそっと部屋にもどることにした。
                   
 
 
                         Fin

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2015/10/10 00:02 | Comments(0) | お話
いつか何処かへ還る日に。

その日はとても天気が良かった。
久々に得た二人だけの休日。何をするのかは、まだ決めていない。
窓から見える、鮮やかな青に染め上げられた作り物めいた空に誘われるように、
 この家に着いたばかりの我愛羅と二人、ベランダに出た。
吹き抜ける風気持ちが良くて目を細める。降り注ぐ金色の光が眩しい。
細い手すりに凭れて空を見上げた。我愛羅は両腕を乗せるみたいにして、ナルト
 は背中を付けるみたいにして。
持ち出したサイダーを入れたグラスがパチパチと涼しげな音を立てていた。そん
 な音が聞こえるくらい静かだった。
びっしりとついた水滴がグラスを持つ指を濡らす。
音を立てる細かな丸い気泡ごと飲み込むようにナルトはグラスに口をつけた。
馴染んだ刺激がのどを滑り落ちていく。隣で我愛羅も同じようにグラスに口をつ
 けていた。
二人で過ごす時間は、いつもどこか空間を切り離されたようにとても静かだ。
言葉が、あっても無くとも。
そんなことをぼんやりと考えながら、白い横顔を伺えば、我愛羅は、手すりに乗
 せた腕に体重を預けるようにして、空を見上げたままで不意に口を開いた。
「明日、死ぬとわかったらお前は今日何をする?」
「お前、突然何言い出すんだってばよ。」
唐突に投げかけられた、不吉な問いにナルトは顔をしかめた。その様子を見て我
 愛羅はわずかに口の端を上げる。
からり、とグラスの中で氷が鳴った。
「この間テマリが何かの本を読んで言っていたのを思い出した。」
そう言う表情が少し楽しげに見えて、ナルトは表情を緩め、続きを促す。彼が楽
 しそうだと、自分の気持ちまで浮き立つ。声が軽く弾んだのがわかった。
「ふうん。姉ちゃんは何て?」
「何が何でも奈良の所に押しかけるそうだ。」
「へえ、姉ちゃんらしいな。」
それを言うテマリのきっぱりとした姿が容易に思い浮かんで、ナルトは口の端を
 上げた。
「その瞬間まで、少しでも近くに居たいと言っていた。たとえ、行き着けなくて
 も。」
「そう、だな。なんか、わかるってばよ。」
そのきもちはわかる。きっと自分もそうするだろうな、とナルトはおもう。きっ
 と、我愛羅も同じことを思ったのだろう。それを言う我愛羅の目はやさしく細め
 られていたから。
「で、お前はどうするんだ?」
我愛羅は笑みをひっこめて、真面目な顔で初めの話題を引き戻す。
「え?んー…明日、だろ?なら、いつも通りに過ごしたいってば。」
問いかけに、少し考えて、すぐに出た答えを口にした。いつも思っていることだ
 から。
「………」
微妙な顔で見つめ返してくる大きな目に苦笑しながら補足する。
「いや、だって、今お前はここにいるだろ。居なかったら、とりあえず砂の里に
 向かうけどさ、お前がここにいるなら…」
一度言葉を切って、風が揺らすその髪に触れて、ナルトはやさしく笑って続けた。
「お前といつも通りに過ごしてえよ?一緒に寝て、起きて、飯食ってさ、色んな
 こと話して、ちょっと買い物とか散歩とかに出かけたりして、抱きしめたり、キ
 スしたり、セックスして、別に特別なことなんかいらねえから、そんな風にいつ
 もみたいに過ごしたいってば。」
ごく普通に二人で過ごすこと。特別なことなんかよりずっといいと思う。
まるで、あたりまえみたいに、そうしていたいと思った。
実際のところ、一緒に居ることそのものが特別のようなものだけど。
「そう、か…」
納得したのと同時に、照れたようにそらされた目線を追う。
赤く染まった耳がかわいくて。
だから、余計に聞きたくなった。我愛羅の答え。
「なあ、おまえは?」
「ん?」
軽い調子で問いかければ、そらされた目線が戻ってくる。
「お前はどうすんの?何したい?」
まっすぐに向けられる目線をそのまま受け止めて、問いかけを重ねた。
「それくらい言わなくてもわかるだろう?」
「オレは・お前の・言葉で・聞きたいの。ほら、言って言って!!」
軽く首をかしげて、我愛羅は何で今更そんなことを聞くんだとでも言いたげな顔
 で問いを交わそうとするのを許さずにナルトはねだるようにだめ押した。
何がなんでも聞きたい、という気持ちをこめて、その目を覗き込めば、我愛羅は
 居心地悪げに視線をそらす。
それから、少しの間をおいて、ぽつん、と言った。
「お前と一緒にいる。」
「何よ。それだけー??」
簡潔な言葉が物足りなくて、ナルトは口をとがらすと、視線をナルトに戻した彼
 は、しごく真面目な表情で静かに続けた。
「……お前が居ればいいんだ。どこでも、何をしても。最期にこの目に映るのが
 お前なら、それでいい。」
その声が、あんまりにも真摯で、透明で、鼓膜さえも通さずに直接胸に刺さるよ
 うな感じがして、ナルトは不意に訪れた痛みを堪えるようにぐっと息をのんだ。
「………なんか、すごい嬉しいけど、なんかすごい負けた気がするってばよ…。」
ちょっと情けない声を出すと我愛羅が小さく笑う。
「こんなことに勝ち負けがあるか。」
「んー…まあ、そうなんだけど。…ま、いいか。オレもお前が居ればいいんだか
 ら、同じ気持ちってことだよな!!ん、両思い。いい感じ。」
「………」
正直、嬉しいのと悔しいのが交じり合ったような複雑な内心を前向き思考で押し
 流して、けろりとそう言えば、我愛羅はその切り替えの早さに呆れたような顔で
 ナルトを見た。
その表情が不満でナルトは口を尖らせる。
「なんだよ、その顔。」
「いや、別に。」
幼い子供を見るような眼差しに、ナルトはわざとらしく大きなため息をついてか
 ら、手すりに突いた腕に頬を預けてぼやいた。
「またオレのこと単純だとか思ってただろ…いいけどさあ。そのとおりだし。で
 もさ、そういうことだろ?一緒に居るって、どっちか片方がそうしたいって思っ
 たって出来ることじゃないもんな。だから、同じ気持ちってのはすっげ大事なこ
 となんだって、オレはおもうよ。ずっと一緒ってのは無理でも、最期は同じ気持
 ちでいてえよ?少しでも近くでさ。でもほんと、最期に見る顔がお前だったらい
 いな。こんな風ないい天気の日で、最期まで、お前と笑えたらいいよな。」
俯きがちに漏らした本音は自分でも驚くほど真摯な響きを帯びた。それが照れく
 さくて誤魔化すようにナルトが笑うと、我愛羅はとても静かな表情でぽつり、と
 同意した。
「そうだな……。」
また、一口サイダーを口に含む。青い空を映したグラスの中のソーダ水もきらき
 らと何処までも青く青く見えた。滴るほどの水滴が指を濡らすのも涼しく、気持
 ちが良いほど強い日差し。吸い込まれるような空の色。
日向で撫でられる猫のような気持ちになる。
「あー…ホントいい天気。空も真っ青だし、風も気持ちいいし…。お前がいるし
 …。」
そこまで呟いて、ナルトはふいに思いついたように言った。
「今日はさ、のんびりしよっか。何処にも行かないでさ、二人だけで。」
「いいのか?何か予定があったんじゃないのか?」
いきなりあげられたナルトの提案に戸惑ったように我愛羅は首を傾けるのに、ナ
 ルトは笑って首をふった。
「いいの!たまにはさ、こういう時間もいいじゃんか。なあ、腹へってねえ?」
「少し、空いたな」
顔を覗き込むようにして楽しげに問われて、我愛羅は笑みをふくんだため息をひ
 とつつき、うなずく。それを見てナルトはヨッと掛け声をかけて、ずっともたれ
 ていた手すりから身を起こして軽やかに言った
「じゃあ、オレが腕によりをかけて、うまいラーメン作るってばよ!!」
「また、ラーメンか。」
「∑え?だめ?」
グッとコブシを握ってポーズをとったナルトにぼそりとわざとそう言うと、ナル
 トは分りやすく眉をさげる。間を開けずに我愛羅は笑って告げた。
「別に嫌じゃない。」
それだけでほっとしたようにナルトの表情が緩んだ。
「んー…、なら夜はさあ、一緒になんか別のもん作ろうってば。お前がすきなや
 つ。そしたらアイコだろ?」
なあ?と同意を求めてくる声に、我愛羅もゆっくりと手すりから身を起こす。
「他には?なにをするんだ?」
言外の承諾をふくんだ問いかけに、ナルトはにっと笑って両腕をのばした。
「だから、のんびりすんの。こんなことしたりして。」
「!!」
ぎゅうっと抱きしめて、日に焼けていない白いうなじに唇を落とすとびくりと腕
 の中で彼の身体がすくむ。
「へへっ…。もうお前ってば可愛すぎ。」
「うるさい…」
耳元に吹き込んだ声でうっすらと耳を赤くして、悔しげにうめいた彼の頬に、も
 ういちどキスを落としてから、ナルトはそっと腕をほどいて、大きく伸びをした。
「さて、じゃあ、飯でも作りますか。我愛羅、お前、残ってる仕事やっちゃえよ
 。どうせ、持たされてきてんだろ?」
部屋へと続く網戸を開けながらそういうと、我愛羅は少し驚いたような顔をした。
「よくわかったな。」
「そりゃあ、最愛の恋人のことですから。」
おどけて言うと我愛羅がふっと柔らかく表情をなごませる。
「…まあ、いい。じゃあ、甘えさせてもらう。」
「ん。がんばれよ。早く終わらせろよ?午後からは本格的にのんびりするんだからさあ。」
「ああ、わかった。」
「よし!あー、もう、ホントにいい天気だな…」
部屋に上がりながら見上げた空の色は青。眩しい光に目を細める。
「本当にそうだな。」
触れるほど近くにある最愛の体温。手すりに預けられた薄い肩に手を伸ばす。
目と目があって、引き寄せられるみたいにチュっと軽いキスをした。
空を見上げる。どこまでも澄み渡る青。
もし、明日死ぬのならこんな風に晴れてたらいい。
そして、隣にお前がいたらいい。
それだけでいい。
青い空に吸い込まれるように。
顔を見合わせて笑う。
今日は死ぬのにとてもいい日だ。
 
                   Fin
 
 
 
 

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2015/09/06 23:56 | Comments(0) | お話
ツキノヒカリ

遠くに月が見えた。


青い色に染まった砂漠が、同じ色の空と境目を曖昧にしている。


いつも変わらない風景だ。


何もかも沈んでいくような青い景色。


切り立つ崖の端に座り、我愛羅は何をするわけでもなく、ただ、どこまでも続く砂地に視線を投げた。


月が明るい夜にはここに来る。


監視付きの慣れきった重苦しい空気に満たされた部屋を抜け出すのは、何かに耐え切れなくなるからだ。体の奥から滲み出す衝動。


それでもここに来れば、澱みの無い冷えた空気に感覚が冴え冴えとして、息苦しさが少しだけマシになるような気がした。


風は少し冷たかった。


止まない風の音はやはりいつもと何一つ変わりなく、砂混じりに吹き抜けていく。


頬をかすめて吹き抜ける風に目を眇めて、我愛羅は月に手を翳した。


逆光に影が深く、輪郭を青白く照らすそれが、この場所を現実から切り離す。


冷え始めた手足など気にならなかった。


この場所はとても静かで、風の音に耳を傾けていれば、このまま消えていけるような気さえした。

ゆっくりと目を閉じる。

眠れるわけではなかったがそれでも、青い空気に少しだけ冷え切った精神が凪いでいた。


ふいに、さらさらと鳴るばかりだった砂交じりの風の音に僅かな異音を感じて、我愛羅はぴくりと耳をそばだてた。

待ち望んでいた違和感が我愛羅を現実に引き戻す。

砂地に向けて手を翳し、少しだけ意識を集中する。自分の周りを取り巻く砂に、意思が染みとおるように。


まるで、懐いてくるように砂がその手に纏わりつく。


慣れ親しんだ感触は、必要な情報を音も無く伝えた。


10m先にひとり。


そうか、と口の中で呟いて、振り向くことなく気配を探る。


ちりちりと、向けられる巧妙に隠された殺気。


向けられる殺気はそれなりに練られたもの。そこそこの使い手だろうとあたりをつける。


これなら、少しは感じられそうだと我愛羅は声を立てずに笑った。


視線を砂漠にやる。気配を殺し過ぎないように気をつける。


気がついていることがばれたら興ざめだ。


こちらからわかり易く迎えなくても、そう間を置かず距離をつめてくるだろう。


それから、ゆっくり考えればいい。


どうやって、壊すかを。


ざり、と砂を踏みこむ音がした。おそらく普通なら聞き取れないほどの小さな音。


それでも、異質なその音は、わかりやすく我愛羅の鼓膜をふるわせた。


完全に気配を消したつもりでいるのが滑稽だった。


とっくに気付かれていることにも気付かない鈍さが、いっそ哀れみを誘う。


この場所を選んだ瞬間から、とっくにこの手の中に落ちているのに。


軽く砂を蹴る音がして、一瞬で気配が近づく。


我愛羅はすうっと口の端をつりあげた。


銀線が閃くのが視界の端を掠め、意識するよりも先に砂が舞い上がる。


遅い。


キンッという軽い音を立てて、あっさりと銀線は弾き返された。


刺客が驚いたように目を見張る。


死角を突いたはずなのに、と。その一瞬の迷いが小さな、それでも明確な隙を生む。


盾のように我愛羅を取り巻いていた砂は、そのまま風を切り、それを絡め取るようにして使い手を取り巻いた。

距離をとるために後ろに飛びながら、とっさに引き絞るように指を動かして、背後から回り、心臓を貫くはずの銀線も、悲鳴のような金属音をさせて絡みついた砂に砕かれた。


青い月明かりに反射して、砕けたそれがきらきらと光る。


ありえない光景に刺客は息をのんだ。


絡みつくように自らを覆おうとする砂に刺客は悲鳴をあげた。

ようやく自分が何を相手にしているのかを気付いたのだ。

一見どう見てもただの幼い子供にしか見えないそれは。


「バケモノ!!」


耳慣れたそれを聞き、我愛羅は捕えられ、恐怖に顔を引き攣らせる獲物を見た。


「そうだ。」


知らなかったのか?とでもいいたげな感情のこもらないただの事実を告げるだけの声で我愛羅はと捕えたそれに言った。

終わりを宣告する、空っぽに光る淡い硝子玉のような目にそれは声を失う。


ぐっと差し出した手を握る。


ぐしゃり、と湿った音を立てて、砂が赤く濡れる。


あまりにそれは簡単だ。


退屈な、ほどに。


わかるのは、たった今奪ったそれよりも、少なくとも自分のほうがこの世界にとって意味があるのだということ。


意味が無いものに、意味があるものを壊せるはずがないのだから。


小さく笑う。


また、自分は許されたのだ。この世界に存在することを。


自分の中のアレと共に。


まだ、自分には価値がある。存在する、意味が、ある。


我愛羅は、さえざえと、青い青い夜の空を見上げた。


ぽっかりと穴が開いたように白い月が見えた。


この場所を満たす、生臭い錆びた臭い。


緩やかに満ちる安心感と、我愛羅は静かに歩き出した。


ざりざりと飛沫いた残骸を踏みながら、ふと思う。


存在を許すものとは、何なのだろう。


この世界に拒絶された自分を生かすものは何なのだろう。


今夜も壊されたのは自分ではなく。


この世界に赦されているはずの誰かで。


ならば、自分の存在を赦すものとは、いったい何なのだろうと。


父でなく、里でもなく。


他に総べるものが思いつかなくて我愛羅は僅かに逡巡した。


さらり、と入り込みかけた思考を中断させるように砂が頬を撫でる。


「ああ、そうだな。」


そんなものは関係ないのだ。


自分は、生きるために生きるだけ。


自分以外の全てを壊しながら。


それこそが自分の存在を証明するものだから。


世界はそのために自分を生み出したのかもしれない。


いらない誰かを消し去るために。


いつか、自分が要らなくなったなら、誰かが自分を壊すのだろう。


ただ、それだけの、ことなのだ。


頬を、髪を撫でる感触に目を眇めながら、我愛羅はもう一度空を見上げた。


月の光は何もかもを同じに青く照らして、けれども何を与えるわけでもない。


それでも、少しばかり、心が和ぐ。


自分も、アレもヒトも本当は生きてなどいないのかもしれない。


唐突に我愛羅は思った。


解らないなにかの、理解できない思惑によってただ、存在させられているだけなのかもしれない、と。


それ以外に術も無く、全てのものが公平に。まるで月の光のように。


ならば、それが許す限り存在するしかないのだ。


この、場所で。誰もが同じように。所詮、ただ、そこに在るだけ。


いつか無くなるその時まで。


青い青い光に照らされながら、我愛羅は何処までも歩いた。


どこか、満たされたような気持ちで歩いた。


 


 


                                                                         fin

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2015/08/22 00:36 | Comments(0) | お話

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